広島地方裁判所 昭和41年(わ)490号 判決 1970年10月27日
本籍
広島市広瀬町一四七番地
住居
広島市十日市町一丁目一九番一九号太陽ビル内法樹寺
会社役員および住職
「前広敏皓こと前広峰稔こと」
久本峰稔
昭和二年一二月五日生
本籍
広島市波東二丁目五五番地の一
住居
広島市入舟幸町一二番二三号河口荘内
会社員
笹木義徳
昭和七年七月一五日生
被告人久本峰稔に対する変造有印私文書行使、詐欺、銃砲刀剣類所持等取締法違反、火薬類取締法違反、所得税法違反、偽証教唆、被告人笹木義徳に対する偽証各被告事件について当裁判所は検察官松原正大出席のうえ審理して次のとおり判決する。
主文
被告人久本峰稔を懲役一年六月及び罰金三〇〇万円に被告人笹木義徳を懲役四月に各処する。
被告人久本峰稔に対し未決勾留日数中三〇日を、右懲役刑に算入する。
被告人久本峰稔において右罰金を完納することができないときは、金五、〇〇〇円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置する。
被告人久本峰稔から押収してある拳銃二丁(昭和四一年押第一二七号の四、五)三八口径拳銃用実包四七発(同号の六、試射済のものを含む)、三二口径拳銃用実包七発(同号の七、試射済のものを含む)を没収する。
理由
(罪となる事実)
第一、被告人久本峰稔は広島市三篠本町一丁目八二三番地の四朝日会館ビル等に事務所をおき、同所において遊技場(パチンコ)業を「横川朝日ホール」、同市弥生町において料理飲食業(バー)を「クラブ太陽」「白と黒」、同市袋町において喫茶店を「ヴオワ」(のちに「白と白」と改称)、同市舟入本町において遊技場(パチンコ)業を「朝日ホール」、同市舟入幸町において貸アパート業を「前広アパート」、同所等において汚物取扱業を「朝日衛生社」、貸自動車業を「朝日ドライブクラブ」なる名称でそれぞれ営んでいたものであるが、
一、(一) 正当な事由がないのに昭和三九年一月一日から同年一二月三一日までの期間における右各事業(但し「クラブ太陽」「白と黒」「ヴオワ」を除く)による所得金額、所得税額を記載した所得税額確定申告書を、法定の提出期間たる昭和四〇年三月一五日までに、政府に提出しなかった。
(二) 昭和四〇年一月一日から同年一二月三一日までの期間における第一冒頭の事実記載の各事業による所得金額は、別紙修正貸借対照表記載のとおり金二六二八万二六六三円でありこれに対する所得税額は別紙税額計算書記載のとおり金一三二七万二〇〇円であるにもかかわらず、所得税を不正に免がれようと企て、所得の一部を架空名義の預金として秘匿するなどの不正行為をなしたうえ、昭和四一年三月一五日までに所轄広島西税務署長に対し、所得税額確定申告書を提出せず、もって昭和四〇年度における右所得金額に対する所得税額金一三二七万二〇〇円を逋脱した。
二、昭和三九年四月一九日その所有にかかる乗用自動車(広三す一一八〇号)を運転中広島市大須賀町の路上で野田逸二運転の自動三輪車と接触し、車体左側を破損するや、右乗用自動車につき直ちに自動車保険契約を締結し、右保険契約締結後の事故であるように装って、保険会社から保険金を騙取しようと企て、従業員岩田和之と共謀のうえ、同日、広島県安佐郡祗園町大字長束一九一七番地福岡秀夫方において住友海上火災保険株式会社代理人である同人に対し、前記乗用自動車が既に交通事故により破損しているのにこれを秘し「今度自動車保険に加入したいと思うので手続を頼む。」旨申し向け、前記事情を知らない同人と共に直ちに広島市紙屋町住友海上火災保険株式会社広島支店に赴き、同店において同店営業課係長佐野光重に前同様の申し出をなして右自動車に対し被保険者を右岩田和之、保険金額を金五〇万円、保険期間を同日より一年間とする自動車損害保険契約を締結し、ついで同年五月一九日広島西警察署神崎警察官派出所において司法巡査長谷川清夫に対し、真実はそのような交通事故はなかったのにかかわらず右自動車は同月一八日同市舟入幸町三三五番地朝日ドライブクラブ前交差点で交通事故にあい破損した旨の虚偽の届出をなして同署から自動車事故証明書の交付をうけ、これに自動車保険車輛損害鑑定書、示談書等必要書類を添付したうえ、同年九月二四日右住友海上火災保険株式会社広島支店において同店係員に右書類を提出して、同社に対し、事故は保険契約締結前のものであるのに保険期間内のものである如く装って保険金を支払うよう請求、同店支店長代理大野悦郎らをして被告人らの言葉や右書類記載の事項が真実であるものと誤信させて金二三万〇六六七円の支払いを承認させ、よって同年一一月一〇日前記広島支店において同社係員から同社振出の右額面の小切手一通の交付をうけてこれを騙取した。
三、岩田和之らと共謀のうえ、法定の除外事由がないのに昭和三九年一〇月中旬から昭和四一年九月五日までの間、広島市三篠町一丁目一二番一三号の自宅などにおいて、ベルギー製自動装てん式拳銃二挺(昭和四一年押第一二七号の四、五)三八口径拳銃用実包四七発(同号の六)、三二口径拳銃用実包七発(同号の七)を所持した。
四、昭和四一年四月七日広島市三篠本町一丁目一二番一三号朝日会館三階の自已の事務所において班石猛(当時三八年)に対し、同人が被告人久本より請負った工事の請負代金の支払および爾後の工事について代金支払の確約を求めるや、かねて西原喜代美より入手していた富士銀行広島支店長石黒真一の押印のある西原喜代美名義の額面金一五〇〇円の同銀行の定期預金証書で金額欄の一五〇〇の表示の右肩に右西原において壇に「万円」とゴム印を以て押捺して金額を一五〇〇万円に改竄し変造したもの(昭和四一年押第一二七号の一)を、右の如く変造有印私文書であることの情を知りながら真正に成立した文書のように装い「これだけ領金があるから間違いなく支払う。疑うならこれを預けておく。」旨申向け、右工事代金の支払いの担保として交付して行使した。
五、右一の(二)の所得税違反事件の罪責を免れるために、被告人笹木の母笹木アキコ(昭和四二年一一月一一日死亡)からの架空の金二五〇〇万円の借入金の存在を主張し、被告人笹木をして右主張にそう虚偽の証言をさせようと企て、被告人久本作成名義の金一〇〇〇万円と金一五〇〇万円の内容虚偽の借用証書各一通を作成したうえ、昭和四三年二月頃広島市十日市町二丁目九番一九号所在の太陽ビルにおいて被告人笹木に対し右借用証書を手渡して、そのような事実が全くないのに「私が君の母から金を借りてることにして、君が母から久本に二五〇〇万円の貸付があると聞いており、母から二五〇〇万円の借用証書を受けとっていると証言してもらいたい。」旨依頼して偽証 教唆し、よって被告人笹木をして後記第二記載の偽証をさせた。
第二、被告人笹木は右第一の五記載のとおり被告人久本からの教唆を受けた結果、昭和四三年三月二二日広島市上八丁堀二番四三号所在の広島地方裁判所法廷において、前記所得税法違反被告事件の証人として宣誓のうえ、そのような事実が全くないのに「母がなくなる一五日くらい前に、病床で母から久本に二五〇〇万円の貸金があると聞かされ、そのとき母から前広敏皎(久本)名義の借用証書二通を渡された。」旨虚偽の証言をして偽証した。
ものである。
(証拠の標目)
判示第一の冒頭の事実について
一、第九回公判調書中の被告人久本の供述部分、その他別紙証拠の標目一覧表(一)記載の証拠
判示第一の一の各事実について
別紙証拠の標目一覧表(二)記載の証拠
判示第一の一、(一)の事実について
一、第九回公判調書中の被告人久本の供述部分
判示第一の一、(二)の事実について
一、第二六回公判調書中の被告人久本の供述部分
一、第一〇回、第二二回、第二三回公判調書中の証人道本春人の各供述部分
第一の二の事実について
一、長嶋義昌の検察官に対する供述調書
一、野田逸二の司法警察員に対する供述調書
一、司法巡査長谷川清夫作成の捜査状況報告書および軽微交通事故報告書(請書、示談書などを含む)各一通
一、佐藤政男の司法警察員に対する供述調書
一、福岡秀夫の司法警察員に対する供述調書二通
一、佐野光重の検察官に対する供述調書
一、賀茂良亮の司法警察員に対する供述調書
一、押収にかかる領収証三通(昭和四一年押第一二七号の二の一ないし三)
一、押収にかかる念書(昭和四一年押第一二七号の三)
一、岩田和之の検察官に対する昭和四一年九月一九日付供述調書
一、被告人久本の検察官に対する昭和四一年九月二〇日付供述調書
一、第一回公判調書中の被告人久本の供述部分
第一の三の事実について
一、西村富江、是永寿の司法警察員に対する供述調書各一通
一、司法警察員作成の現場写真撮影報告書
一、広島県警察本部長作成の「鑑定結果について(回答)」と題する書面の謄本
一、押収にかかる拳銃二挺(昭和四一年押第一二七号の四、五)同実包五四発)同六、七)
一、岩田和之の検察官に対する昭和四一年九月一九日付供述調書
一、被告人久本の検察官に対する昭和四一年九月二〇日付供述調書
一、被告人久本の司法警察員に対する昭和四一年九月一一日付供述調書
一、第一回公判調書中の被告人久本の供述部分
第一の四の事実について
一、西原喜代美の検察官に対する供述調書
一、班石猛の司法警察員に対する供述調書二通
一、岩田和之の検察官に対する昭和四一年八月三〇日付供述調書
一、笹木義徳の司法警察員に対する昭和四一年八月二三日付供述調書
一、尾田誠の検察官に対する昭和四一年八月三〇日付供述調書
一、押収してある定期預金証書(昭和四一年押第一二七号の一)
一、被告人の検察官に対する昭和四一年九月二日付供述調書
一、山崎孝典の司法巡査に対する供述調書
一、福原登の司法巡査に対する昭和四一年八月二三日付供述調書
一、石見博の司法警察員に対する昭和四一年七月一八日付供述調書
一、第一回公判調書中の被告人久本の供述部分
第一の五および第二の事実について
一、第一三回公判調書中の証人(被告人)笹木の供述部分
一、第一三回公判調書中における証人(被告人)笹木の宣誓書
一、被告人久本(前広)名義の借用証書二通(昭和四一年押第一二七号の三〇(三五と同じ)三一(三六と同じ))
一、笹木美保子の検察官に対する供述調書
一、広島市福祉事務所長作成の「捜査事項について回答」と題する書面
一、被告人久本の検察官に対する昭和四四年一〇月二二日付、同月二四日付、同月二七日付、同月二九日付各供述調書
一、被告人笹木の検察官に対する昭和四四年一〇月一七日付、同月二〇日付、同月二一日付、同月二四日付、同月二五日付、同月二八日付、同年一一月五日付各供述調書
(累犯前科)
被告人笹木義徳は昭和三十七年七月二日広島地方裁判所において恐喝及び恐喝幇助の罪により懲役二年に処せらられ(昭和三八年一〇月一八日確定)、昭和四〇年一〇月一七日右刑の執行を受け終ったものであり、右の事実は検察事務官作成の笹木義徳の前科調書によってこれを認める。
(法令の適用)
被告人久本峰稔の判示第一の一、(一)の所為は、昭和四〇年法律三三号所得税法付則第二条、第三五条によりその改正前の所得税法第六九条の四に該当するので所定刑中懲役刑を選択し、同(二)の所為は、所得税法第二三八条第一項に該当するので懲役刑と罰金刑を併科することとし、第一の二の所為は刑法第六〇条、第二四六条第一項に該当し、第一の三の所為中拳銃所持の点は刑法第六〇条銃砲刀剣類所持等取締法第三一条の二第一号、第三条第一項に、実包所持の点は刑法第六〇条火薬類取締法第五九条第二号、第二一条に該当するところ右は一個の行為にして数個の罪名に触れる場合であるから、刑法第五四条第一項前段、第一〇条により重い銃砲刀剣類所持等取締法違反の罪の刑で処断することとし、所定刑中懲役刑を選択し、第一の四の所為は、刑法第一六一条第一項、第一五九条第二項、第一項に該当し、第一の五の所為は同法第六五条第一項、第六一条第一項第一六九条に該当するところ以上の各罪は同法第四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法第四七条本文、第一〇条により重い判示第一の五の罪の刑に法定の加重をし、その懲役刑並びに罰金刑の範囲内において被告人久本を懲役一年六月及び罰金三〇〇万円に処する。
被告人笹木義徳の判示第二の所為は、刑法第一六九条に該当するところ、前記の前科があるので同法第五六条第一項、第五七条により再犯の加重をなし右刑期の範囲内で被告人笹木を懲役四月に処す。
刑法第二一条を適用して、被告人久本については未決勾留日数中三〇日を右懲役刑に算入する。
被告人久本において右罰金を完納することができないときは、刑法第一八条により金五〇〇〇円を一日に換算した期間同人を労役場に留置する。
押収してある拳銃二挺(昭和四一年押第一二七号の四、五)、三八口径拳銃用実砲四七発(同号の六、試射済のものを含む)、三二口径拳銃用実包七発(同号の七、試射済のものを含)はいずれも判示第一の三の犯罪行為を組成したもので、犯人以外の者に属しないから刑法第一九条第一項第一号、第二項を適用してこれを被告人から没収する。
(検察官の主張を一部排斥した理由等について)
一、別紙修正貸借対照表の勘定科目3売掛金の差引修正金額当期増減金額(資産の部)を金六八二〇円減額した理由
(イ) 昭和四一年押第一二七号の一三(「クラブ太陽」の売掛台帳)によれば昭和四〇年末における「クラブ太陽」の堀呉服店に対する売掛金残高は金七九三〇円ではなく金三二〇〇円であることが認められ、他に右認定に反する証拠はない。
(ロ) 前記記載の証拠によれば「クラブ太陽」が一月二九日飯山(広島建設)に対し金二〇九〇円売掛けた事実は認められるが、その年度は昭和四一年ということも考えられ、仮に昭和四〇年としても同人に対する売掛金は同年の五月二七日に全額決済されており要するに昭和四〇年末に、右飯山に対する売掛金が存在した事実を認めるに足る証拠はない。
二、同勘定科目22買掛金の差引修正金額、当期増減金額(負債の部)を金四万二四五〇円増額した理由
(イ) 第一の一、(二)の事実について掲げた証拠によれば、昭和四〇年一〇月八川久四郎が金一万八〇〇〇円で被告人久本の経営する広島市袋町の喫茶店「白と白」の改装工事を行った事実が認められるが、昭和四〇年中に右工事代金が支払われた事実を認めるに足る証拠はないので、右同金額を買掛金勘定科目に計上した。
(ロ) やすいし寝具店店主休石真喜也作成の売掛帳写によれば、同店が被告人久本に布団等を売掛け、昭和四〇年末には売掛金二万四四五〇円が未済であったことが認められるので右同金額を買掛金勘定科目に計上した。
三、同勘定科目23借入金の当期増減金額(資産の部、負債の部とも)を金二〇〇万円減額した理由
検察官は昭和三九年末に現在していた被告人久本が前広敏皎(被告人久本の旧名)名義で西日本相互銀行広島支店から借入れていた金員のうち金三六四万九三八四円が当期中に返済されたと主張するところ、同支店の支店長作成の根抵当、手形貸付、当座預金等元帳写によれば金一六四万九三八四円についてはこれを認めることができるが、その余の金二〇〇万円についてはこれを認めるに足る証拠がない。したがって支払なきものとし、資産の部を金二〇〇万円減額することになるが、昭和四〇年一二月三一日現在の借入金総額金四二一五万〇六一六円は動かさないのであるから、昭和四〇年度中における借入金がそれだけ少かったことになり、負債の部も減額されることとなる。
四、同勘定科目28預り金の差引修正金額、当期増減金額(負債の部)を金二〇円増額した理由
検察官は「クラブ太陽」の、顧客からの料理等飲食消費税の預り金を金二万一六四四円と主張するが、第一の一、(二)の事実について掲げた証拠(特に広島県税事務所 作成の昭和四一年一〇月七日付照会回答書)によれば右預り金の額は金二万一六六四円が正当である。
五、昭和四〇年度の被告人久本の所得に関し、検察官の主張証拠が齟齬するものは他にも存在するが、検察官の主張を採った方がむしろ被告人に有利になるものについては、検察官の主張どおりに事実を認定した。
(弁護人の主張に対する判断)
判示第一の一、(二)の事実につき弁護人は、所得を架空名義で預金したという不正な行為があったとしても、預金額以外の部分については、所得税法第二三八条第一項違反に該当しないと主張する。しかしながら、前掲証拠によれば、被告人久本は不断から税金を納めるものは馬鹿であるなどとうそぶき、取引に関する帳簿も記載せず、偶々記載した帳簿についても長期間保存しない方針をとり、収入票についても破棄するよう指示したこともある等の事実が認められるのであり、これらの事実と税金を免れるために偽名又は第三者名義で収入金を預金していた事実及び申告期限に全然申告しなかったという事実を併せ考えたときは、行為全体を包括的にとらえ、所得の全体につき不正な方法により税金を免れたものと評価するのが相当である。よって弁護人の右主張は採用できない。
なお、被告人久本の量刑について一言するに、なるほど同被告人は被害弁償をし問責にかかる所得税も完納し改悛の一端を示してはいるけれども、前掲の罪となるべき事実はいずれも悪質であるといわざるを得ず、殊に自已の利害のためには国家の審判権の適正な運用を阻害することもいとわないという態度は強い非難に価するものとというべく、到底刑の執行を猶予することはできない。
よって主文のとおり判決する。
(裁判官 竹村寿 裁判官 青山高一 裁判官 高篠包)